2016年8月31日水曜日

ハッピーサッドを知れ『シング・ストリート 未来へのうた(Sing Street)』

 いい加減2016年の映画の一本や二本ぐらいレビューしろやということで。私が今年一番の映画にして、今年一番のシン~~であると信じてやまない映画をご紹介します。
シング・ストリート』です。

 正直、この映画に関して語ろうとしたら延々と語ってられるんじゃないかってぐらい。っていうか、宇多丸シネマハスラーかヒデチューを見ればもっと濃ゆい話が聴けるんじゃないか……。


 本作の監督ジョン・カーニーは、アイルランド出身の映画監督であると同時、ザ・フレイムス(The Frames)というバンドでベーシストとして活躍し、かつまた同バンドのミュージックビデオの撮影などもしていた人物。監督自身、音楽には造詣が深く、同監督作品である『ONCE ダブリンの街角で』、『はじまりもうた』も音楽を取り扱った映画として評価が高い。『ONCE』ではアカデミー賞歌曲賞とグラミー賞を受賞。『はじまりのうた』ではアカデミー賞歌曲賞にノミネート。そのような音楽を取り扱った映画で一気に名を上げたジョン・カーニーの最新作が『シング・ストリート 未来へのうた』だ。
 本作の大きな要素としてあげられるのは、80’s UKロック。そして少年の成長・青春物語だろう。
 本作では、MotörheadDuran DuranThe CureThe JamDaryl Hall & John Oates、ほかDavid BowieJoy Divisionといった70~80年代に活躍した名だたるアーティストが登場する。特に80年代、音楽シーンを席巻したのはMTV、ミュージックビデオのブーム。MotörheadStay Cleanに始まり、コナーたち兄弟がDuran DuranRioMVを見るシーンへと繋がる。彼らの父がBeatlesに言及しながらも、子供たちが食い入るようにテレビを見る姿はまさしく当時の音楽シーンのありかたを示しているだろう。当時はまさにMTV全盛期だ!
 そう、当時の流行はミュージックビデオにあった。そんなロンドンの音楽に惹かれ、コナーはバンドを結成。バンドの仲間と共にビデオの制作を始めていく。そしてその随所にも、様々なオマージュが見て取れる。コナーたちのバンドSing Streetの初めての曲になる『モデルの謎(The Riddle Of The Model)』のビデオは、お世辞にも良いできとは言えなかった。衣装は自宅から持ってきた有り合わせで統一感はないし、メンバーはやりたい放題。しかしそれは意図されたナンセンスさだと私は思った。当時のMVがどれもセンスのあるものだったわけではない。もちろんナンセンスなものもたくさんあった。代表格はJourneyの『Separate Ways』だろう。


 JourneyはMVを嫌って、一日でこのビデオを作ったなんて話もあるが、この絶妙にダサいビデオ、『モデルの謎』と似てないだろうか?


 ほら、似てる似てる。似てるって……。
 と、そんなMVのオマージュにあふれた本作。随所にわかる人にはわかるネタが仕込まれている。分かった人間からすれば楽しくて仕方ない。ジョン・カーニー、お前分かってるな! と(私は20そこそこのクソガキながら)一杯付き合いたいぐらいだ。



 続く曲、『A Beautiful Sea』では、そのオリジナルをThe Cureに辿ることが出来る。モデルを目指しロンドンに憧れる少女ラフィーナとうまく行かないなかで、コナーの兄であるブレンダンが「悲しみの喜び(Happy sad)を知れ」と渡した一枚のレコードがThe Cureだった。このHappy Sadは本作における重要なテーマの一つだろう。主人公コナーと、ヒロインのラフィーナの共通点はロンドンへの憧れである。ラフィーナはモデルを目指してロンドンへ。そしてコナーは音楽のためにロンドンを目指す。青春の中、うまくいくことばかりではない。Happy Sadというフレーズは、正直彼らの世代を駆け抜けてきたばかり(今もじゃないのか?)の自分にはかなりこたえた。


 と、ロンドンが彼らにとって夢の音楽とファッションの最先端として描かれる本作。そのため80年代アイルランドを舞台にした作品ではあるものの、フィーチャーされる音楽はイギリスのものばかりで、ダブリン出身のロックバンドである『U2』は取り扱われない。これに関しては、彼らSing StreetのモデルこそがU2であるという説もある。というのも、Sing Streetは高校の掲示板の張り紙を見たメンバーが集まってバンドを組んだが、U2もまさに同じ軌跡をたどっているからだ。そのためSing StreetはU2のことを描いているのでは? とも言われている。しかし作品の舞台は85年であるため、その点では合致しないだろう。それに私としては、あくまでもイギリス・ロンドンを象徴的に描くためにU2は出なかったものと考えている。

 さて、そんな当時の音楽やファッションが映像へ効果的に組み込まれることで、ファンとしてはニヤニヤしながら当時の音楽を懐かしめる作りになっている。だが、シングストリートの凄さはそこだけじゃあない。本当の素晴らしさはオリジナル曲にある。
 彼らSing Streetのオリジナル曲もまた80年代のテイストを持ちながらも、ただのオマージュに終わらずに80sの名曲に並んでも遜色ないものとなっている。そのようなオリジナル曲の仕掛け人こそがゲイリー・クラークだ。彼もまた80年代に活躍したスコットランドのバンドDanny Wilsonの中心人物であり、「Mary's Prayer」などの名曲を残している。


 オリジナル曲がオマージュや懐古に終わらないのがこの作品のすごいところだ。作品終盤、コナーは徐々に『Girls』や『Brown Shoes』など自分の音楽を確立していく。この曲がまたいい。
 そしてラストシーン、コナーとラフィーナの二人は船でロンドンを目指す。しかしその道中、荒波と巨大な船を目の前にして、二人の道の暗さを暗示したところで映画は終わる。映画『卒業』のラストシーンを彷彿とさせるこのシーンは、夢を追いかける二人の人生が決して楽なものではないと暗示しているのだろう。


 私はこの作品をすでに7月末に有楽町にて観ていた。上映一時間以上前だというのに席は混雑しており、最終的には平日の昼間だというのに満席という異例の事態になっていた。しかし、それだけの価値がある作品だとは確かに感じられた。ジョン・カーニーとゲイリー・クラークが手がけたオリジナル曲は、当時の名曲にも引けをとらない素晴らしい楽曲ばかりで、思わず上映後すぐに売店に寄って「サントラ下さい!」と言ってしまったほどだ。
 某映画レビュアー曰く、「ハマる人間はとことんハマる映画」だというが、私もその意見には賛成で、特にUKロックや80年代音楽シーンに思い入れがある人間にはたまらないものがある。特に私はデヴィッド・ボウイやジョイ・ディヴィジョン、ニューオーダーやザ・キュアーのファンであったので、キュアーのマネをするシーンにはとても心を惹かれたし、MTV全盛期である80年代を思わせる様々な演出は楽しくて仕方がなかった。



 A Beautiful Seaは言うまでもなくキュアーを彷彿とさせる感じがツボに入った。そのうえ、MVを作るシーンがとてもかわいらしかった。演奏中にみんなでクラップを入れるシーンなど「演奏止まるじゃん!」と思わず言いたくなってしまうが、しかし80年代のMVはそんな感じだったなぁと、生まれる前の事ながら懐かしいように感じられた。


Drive It Like You Stole ItUSダンスミュージックを思わせる曲で、特にリハーサルでコナーがBTTFにあるようなプロムの中で歌うシーンは、夢の中でありながら現実との境界が地続きとなっている、この映画の寓話的なイメージを印象付けさせる重要なシーンだった。彼が思い描く音楽のとおりにならないのは、悲哀を感じるところでもありながら、しかしこの映画における彼らの卓越した音楽そのすべてが実はコナーの妄想、彼が自分たちの音楽に酔いしれてそう見えているだけじゃないか、とさえ思わせる危うさが感じられた。


Brow Shoesは、コナーが初めて自分のことを詩にした曲だろう。それまでデュラン・デュランやキュアーといったバンド(メイクに至ってはお前はボウイかなどと野次られていてとてもかわいかった)のオマージュばかりだったのが、最後の最後で彼の音楽になる。憧れから脱却し、彼のスタイルになる音楽は、映画のラストをより際立たせる曲になっていると思う。
 他にもGirlsの歌詞の伏線や、The Riddle Of The Modelのとってつけたようなアジアンテイストとか(ニューウェーブ全盛期である)、ライブではひんしゅくを買うと言われながらも歌うバラード曲To Find Youなど捨て曲は一つもないというぐらい、サントラが素晴らしい。そのうえ映画での使われ方も工夫を凝らされていて、どの曲も好きになる箇所がある。
 UKロック、80’sミュージックが好きな人間は必ず気にいる! それだけでなく、青春映画としてすべての兄弟たちに捧げるべき2016年最高の一本だ! おなじシンでも見るべきはこっちだぞ諸君!!